『ねぇ、下界へ行ってもまた逢えるんでしょうか?』
『あぁ、きっと逢える』
『そしたら、また僕のこと好きになってくれますか?』
『ああ、絶対だ』
『ホントにホント、約束ですよ?』
『ああ、約束だ』
『僕は……ずっとキミだけを愛してますから……』
『…………あぁ…………』












「……んだ……オイ、神田……!」
「……?!……」



目を覚ますと、そこには見慣れた仲間のゴツい顔があった。



「……なんだ……マリか……」
「随分な言い様だな。
 夢でも見てたのか?かなりうなされてたが……」
「……夢……?
 ああ……そうか……
 ここは……地上なんだった……」
「……?……」



神田の意味不明な呟きに、マリはしばし不思議そうな顔をする。
だがさっきまでとは打って変った、何かを悟りきったような表情に、
余計な事は言わずにそっとその口を閉じた。
二人は今、中国にある教団支部がある場所へ移動すべく、
急ぎ馬車に揺られている最中だった。








つい先刻、教団のアジア支部から神田に一報が入った。


『アレン・ウォーカーを無事保護した』……と……。


途端に安堵し、大きく項垂れた神田は、
一刻も早くアレンに会うため、教団のアジア支部へと出発した。


移動の馬車の中、それまでの緊張が解けたせいなのか、
神田は珍しくうたた寝をしていた。
そして現実とも夢とも取れる不思議な夢を見たのだ。
愛しい白い天使……アレンと過ごした、天上界での日々を。


……あの時……。

                      
とき
アレンがティキに殺められたと思った瞬間、
神田は神に願った。
自分の命に代えてもアレンを助けて欲しいと。
大切な人を二度と失いたくないのだと……。
それは、天上界で同じようにアレンが死にそうになった時、
己の胸を聖剣で貫いた時の感情に似ていた。


強く念じた瞬間、いきなり目の前に閃光が迸り、
ぷつりと神田の意識が弾け飛ぶ。














『…………な……んだ…………?』















突然身体に感じた浮遊感。
まるで魂だけ身体から飛び出して、天上高く突き放されたかのような感覚。
不思議な事にその意識だけが
遥か遠くの山の中、竹林の雑木林に呼び寄せられる。


眼下に見えたのは、薄暗い霧の中で息絶えたアレンの姿だった。
全身を紅の血で覆い、イノセンスである左手は無残にもげ失せている。
鮮やかな光を灯していた瞳はその輝きを失い、
空虚に黄泉の世界を見つめる。



「……っっ! アレンっっ!!」



悲痛な叫び声は空を切り、アレンの元には届かない。



「……神よ……
 俺たちはまだ貴方の使徒として、その責務を果たしてない……。
 なのに奴らは……悪魔の使徒は、また貴方の使途を殺めようとしてる!
 全知全能の神よ! 貴方はそれを許せるのか?!
 ……お願いだ……どうか……俺に、アレンを救う力をっ……!」
 


強く願った。
強く、強く、アレンを救いたいと願った。
アレンさえ居てくれれば、自分はもう何も望まない。
例えこの命が尽きて天上へと戻れなくても、
この地上で、短い命を燃やし尽くしてしまおうとも構わない。


アレンだけが。
アレンだけが愛しい……。
アレンだけが自分の全てなのだ。









───ならばお前の力で、そやつの魂を掬い上げてやるがよかろう───










頭の中に穏やかな神の声が響き渡る。


するとみるみるうちに神田の背には白い双翼が広がった。
地上に生まれ来る前に、
天上で能天使としてその力を如何なく発揮していた頃の力が
体中に甦るのを感じる。
神田はその翼を翻してアレンの元へと舞い降りると、
既に冷たくなってしまった細い身体を抱きしめた。



「帰って来い……アレン……。
 俺は……まだお前に何も言ってない……」



変わり果てた蒼ざめた顔に頬擦りする。
この清らかな魂がティキに汚されてしまことなど許せない。
二度と離さない。
そう心に決めていたのに……。


神田は己の命をアレンに注ぎ込むようにして、
冷たいアレンの唇に口付ける。
……帰って来いと。
再び会って、またあの眩しい笑顔を見せて欲しいと。
強く、強く……念じた。


すると、アレンの身体へ天上から微かな光が差し込む。
光は眩いばかりの輝きを放つと、二人の身体を包み込んだ。


奇跡の光に同調するかのように、
周りを覆う霧の粒子がキラキラと身体に染み込んで行く。
まるでユウの強い想いを理解し、それを助けるかのように、
霧と化したイノセンスの欠片たちがアレンを救おうと
懸命に働いているのがわかった。


次の瞬間……。



「……ユ…ウ……」
「……ア、アレンっ……!」



微かではあるが、アレンの小さな胸から鼓動が聞こえた。
トクン。トクン。トクン。
小刻みに規則的な音色を立て、
アレンに命が吹き込まれたことを標す小さな旋律。


小さなリズムが刻まれる度、アレンの身体が温かくなってくる。
その音を聞きながら、神田の心は徐々に安堵に包まれた。



「……ユ…ウ……来てくれたんだ……
 これって……夢じゃないよね?
 だって……身体じゅう痛いんだ……
 もし、死んだなら……こんなじゃ……ないはずだもんね……」
「ああ……夢じゃねぇ。 ちゃんと……お前を助けに来た。
 ……にしても、酷ぇ顔色だな。
 またちゃんと……今度は生身で会いに来てやるから……
 それまで、ちゃんと……寝て、養生してろ……」



神田の囁きに頷くかのように、アレンは涙を流した。
そして嬉しそうに、そっとその瞳を閉じた。


























直後、神田のゴーレムからバクの大きな声が響き渡った。



「神田くん! ウォーカーくんが見つかったよ!
 奇跡だよ! 奇跡っっ!!……命を取り留めたんだよっ!!」



瞬時にして、否応なしに神田の意識が現実へと引き戻される。



「……今のは……モヤシ……」



奇妙な浮遊感と、現実としか思えない残像。
今までしっかりとこの腕に抱き締めていたアレンの感触がまだ残っている。
それが本当は自分が何者であったかを神田に悟らせた。


そう……自分は紛れもなく天界に存在していた。
聖剣の護り人として神に使え、
アレンを心から愛していたのだと……。


そしてあの日、アレンと共に転生し、この地上に舞い降りた。
全てはアレンを守るため。
命を擲ってでも守りたいと思っていた者。
それは、他の誰でもない……アレンだったのだ。
























黒の教団───アジア区支部。
重厚な扉に閉ざされた要塞。


数日後、黒の教団アジア支部に着いた神田は、
不思議な懐かしさを感じながらその門を潜る。


そして、いつの間にか目の前に現れ、
ふてぶてしく自分を見つめる番人……フォーに、深々と頭を垂れた。



「……本当に……助かった……。 
 お前にはいつも救われてばかりだな……」
「はぁ〜ん、お前にしちゃ、随分としおらしいじゃねぇか?
 よっぽどあの小僧が大事なんだな」
「その小僧だが……今、何処にいる?」
「ははぁん……俺との会話より、そっちが大事ってかぁ?
 大丈夫さ、お前顔負けの回復力で、今じゃイノセンスを取り戻そうと
 しっかり鍛錬中だ」
「……じゃあ……」
「あぁ、お前と俺がいつも殺り合ってた、あの部屋にいるよ」



フォーの言葉を受け、神田は鍛錬の間へと足を運ぶ。
そしてそこで見つけたのは、
粉々のイノセンスを再びその腕に戻そうと苦戦する
痛々しいアレンの姿だった。


アレンが全身の力を込めてイノセンスを発動すると、
腕の形を留め様と彼の周りを取り囲む霧が集まる。
だが次の瞬間、その霧はまた跡形もなく砕け散ってしまう。
その繰り返しだ。


全身汗だくになりながら、ひたすらイノセンスを取り戻そうと
発動の鍛錬を繰り返す。



「……はぁっ……はぁっ……はぁっ!」



唯一残った右腕は、痛々しく包帯に覆われ、
胸元には大きな傷が刻まれている。
それがどれだけの苦痛にアレンが苛まれたのかを物語っていた。


     
「……相変わらず無様な格好だな……モヤシ……」
「……かっ……神田っっ!」



神田の姿を見つけるなり、
アレンの顔がくちゃくちゃに歪む。
いつもならムキになって言い返すはずの憎まれ口すら、
何故か嬉しく感じてしまうから不思議だった。


前世から恋焦がれ、ただ、ただ会いたいと夢見ていた相手。
やっとこの世でも想いが通じ、今度こそ一緒に過ごせるかと思っていたのに、
ここでも恋敵に邪魔をされ、また離れ離れになる所だった。


ティキが神田に想いを寄せ、自分と引き離したいと思っているのは良くわかる。
だが、自惚れでも何でもなく、神田は今回も自分を選んでくれたのだ。
死の淵を彷徨っていた自分にその手を差し伸べ、
神田の胸の中へと引き戻してくれた。
それが堪らなく嬉しくて、愛しくて、この感情を抑えきれない。


アレンの瞳からは次々と涙が溢れ出し、頬を伝っては流れ落ちた。


アレンは体当たりするように、ドンと音を立て神田の胸に飛び込んだ。
まるで小さな子供みたいにしゃくりあげると、
その胸に何度も顔を擦りつける。



「……ごっ……ごめんなさいっ……。
 でもっ……ボクっ……ボクっ……
 キミにまた会えて……嬉しくっ……てっ……」
「あぁ……今回ばかりは多めに見てやる。
 この状態じゃ、抱きつく事もできねぇだろうしな……」
「……ユウ……会いたかったっ……!」
「……ああ……俺もだ……」



神田は腕の中のアレンを力いっぱい抱きしめた。
抱きつきたくても抱きつけわない、腕を失ったアレンの変わりに、
出来る限りの力を込めて、その華奢な身体を抱き留める。
それはまるで、目に見えない大きな翼で、
アレンの全てを覆い尽くしているかのようだった。



「ユウの腕の中は暖かくて……大好き……。
 今も、昔も……変らないです……」



感慨にふけりながらアレンが呟く。



「お前の抱き心地も、あの時のまんまだな……」
「……ちょっ、そんな恥ずかしい事、いわな………んっ……!」



抱きしめた白く柔らかい肌から、汗に混じって何とも言えない芳香がする。
神田は溜まらずに、その芳しい唇に貪り付いた。


唇に触れる感触も、微かに漏れる嬌声も、
何もかもが遠い記憶を呼び覚ますのには充分で、
神田とアレンの中に眠る情欲を呼び覚ましていく。


ゆっくりと床へと雪崩れ込んでは重なり合っていく二人の影を、
霧と化したイノセンスの欠片たちが優しく包み込み、
まるでこの世の全てから覆い隠すかのように、
妖しくその濃さを増していくのだった。













                                
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   17話は18Rです★
                                                     18歳以下の方、
                                               また、性描写の苦手な方はご遠慮下さい。




≪あとがき≫

アレンがなんとか助かった理由。
フォーが何で竹林の中を歩いていたのか?
色々とこじつけて考えているうちに、こうなっちゃいました( ̄▽ ̄;)
正直、想像もここまでいくと立派でしょ??;

ようやく再会した二人。
この後は、予想違えず○ッ○シーンです♪
一応裏部屋にUPする予定ではありますが、
18歳以上は任意(個人責任)で続けて読めるように設定しときますv

では、またまた、
続きを楽しみにしていらしてくださいませ〜〜〜(=^▽^=)





                                  
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〜天使たちの紡ぐ夢〜   Act.16

それは夢か、前世の記憶なのか。
甘くほろ苦い想い出だけが心を悩ます。

身体に残る甘い微熱は、
いつもただ一人の相手を求めて、
今日もこの身を焦がすだけ……。